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高峰譲吉(18)日米の懸け橋(1)

『高峰譲吉』は、
ジアスターゼなどの発見などによって
巨万の財を得て、小さな池ではなく、
湖があるような
大豪邸に住んでいたそうです。

1904年、日露戦争が始まりました。

日本は開戦当初から、
長期決戦では、日本の国力が持たないので、
アメリカの介入による講和を期待し、
『セオドア・ルーズベルト』米大統領と
ハーバード大学の同級生で、
親交のあった『金子堅太郎』を、
派遣しました。

ちなみに、
第26代米大統領『セオドア・ルーズベルト』と
第32代大統領『フランクリン・デラノ・ルーズベルト』は、

親戚関係ですが考え方は、ものすごく違い、

『セオドア・ルーズベルト』は、善良で、
大の日本びいきで、良い人でしたが、

『フランクリン・デラノ・ルーズベルト』は、
上から目線の嫌味な人で、
その上、差別主義者で、

日本人を劣等民族と考えていたので、

日本に対して、すごい事を行いますが、
その話は、後日、詳しく…。

『金子堅太郎』は、
善良な『セオドア・ルーズベルト』大統領と旧交を温めて、
日本に有利な局面で、
ロシアに講和を働きかけて貰う約束を取り付けました。

その際、『セオドア・ルーズベルト』大統領に、
日本を理解してもらう為に、
『新渡戸稲造』の「武士道」を手渡しました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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