記事一覧

高峰譲吉(17)-アドレナリン(4)

『エイベル』が見つけた
「エピネフリン(アドレナリン)」発見を、
祝う行事の準備段階の一環として、

1974年、
『エイベル』の実験が、
いかに優れていたかを、
証明するための比較として、

『上中啓三』が残していた実験記録と
『エイベル』の実験記録を検証した結果、

残念な事に、
『エイベル』の主張が、
まったく的外れであっただけでなく、

『上中啓三』の方法では、
「アドレナリン」は、結晶化しましたが、

『エイベル』の方法では、
「アドレナリン」は、結晶化しないことが判明し、

『エイベル』の「アドレナリン」発見を、
称える式典は、中止されました。

『エイベル』が訴えた盗作疑惑は、
まったくの濡れ衣で、

発見から何十年もたっていたので、
『高峰譲吉』らの関係者たちは、
とうの昔に死亡していましたが、

「アドレナリン」の発見者は、
『高峰譲吉』と『上中啓三』と確定しました。

そして、
アメリカ白人社会では、
すぐには、
認めたくなかったので、

白人の功績が間違いで、
黄色人種の功績と確定して、
何十年も過ぎてから、

2002年、ようやく、
「アドレナリン」の名前も認めるようになりました。

ただ、「エピネフリン」という名前も使用しています。

日本では、アメリカに気を使って、
「エピネフリン」という名前を使用していましたが、

北海道大学名誉教授の『菅野富夫』らが、

ヨーロッパでは、
最初から「アドレナリン」という名前を正式に使用しているし、

あのアメリカでさえ、『高峰譲吉』の業績を認めたし、
『高峰譲吉』の母国の日本だから、
「エピネフリン」に代わり、
「アドレナリン」という名前を正式に、
採用して欲しいとの厚生労働省への要望しました。

そして、
2006年、日本も無視出来なくなり、重い腰を上げ、
「エピネフリン」という名称も併用しながらも、
ようやく「アドレナリン」という名前を、
正式に使用するようになりました。(続く)
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事

プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

検索フォーム