昔話(147)-高峰譲吉(16)-アドレナリン(3)

実験で、片目と片腕の自由を失っていた『エイベル』は、

『高峰譲吉』が、
死亡した5年後の1927年、

突然、
「アドレナリンの生成に成功したのは、
自分の方が先で、

『高峰譲吉』たちが、「アドレナリン」発表前に、

自分の研究室を訪問した時に、

盗作したものだ。」と主張し始めました。

当時、アメリカの白人社会では、

人種差別は、当たり前だったので、

黄色人種の活躍に、
強い拒否反応を持つ人が多かったそうです。

そのため、
『エイベル』がクレームを言ってから、

アメリカの白人の科学者や医師たちは、

「やはり、白人の成果を盗作したもので、
白人より劣っている黄色人種が、
難しい事が出来るはずない。」と
何の疑問も持たずに、
全員一致で、検証など、何もしないで、

すぐに、
『エイベル』の言い分を全面的に認め、

以降、アメリカ国内では、

軽蔑すべき黄色人種が、
命名した「アドレナリン」という名称は廃止され、

白人の『エイベル』が名付けた「エピネフリン」という名称が、
用いられる事になりました。

しかし、(続く)
スポンサーサイト

Comment

Leave A Comment