昔話(144)-高峰譲吉(13)-タカヂアスターゼ(5)

1902年、『高峰譲吉』が、
アメリカから日本へ一時帰国した時、
神戸港大桟橋に接岸した客船ハンブルク号で、
横浜へ向う間、
『塩原又策』と初めて、直接、話をしました。

航海中、『塩原又策』は、
「タカヂアスターゼ」の効果に驚いた事、
良い商品を任せてもらって、
とても感謝している事、

販売ルートを拡売するために行った、
取り扱う薬局を増やすための飛び込みセールス、
色々なプロモーション活動、
医家への働きかけなど、話は止まりませんでした。


『高峰譲吉』の名前を前面に打ち出した広告

『高峰譲吉』は、
親子ほども年の違う若い『塩原又策』の熱情に、
心を動かされました。

そして、確固とした信頼の絆が結ばれ、
固い握手が交わされました。

そして、
「タカヂアスターゼ」の委託販売契約を、
『塩原又策』の「三共商店(三共株式会社)」にするように、
本格的な一手販売契約に切り替えました。

また、「パーク・デービス」社から委託されていた
同社製品の日本代理店についても、
「三共商店(三共株式会社)」を選定しました。

そして、
『高峰譲吉』が、アメリカに戻る時、
日本における連絡先として、
『塩原又策』の住居にして、
「時事新報」で、告知しました。

そして、その後も2人の絆は、
終生、続きました。

そして、
「タカヂアスターゼ」を主成分とする「新三共胃腸薬」は、
ご存じかもしれませんが、
今も、「第一三共(三共商店)(三共株式会社)」の
主力商品です。(続く)
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