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高峰譲吉(13)-タカヂアスターゼ(5)

1902年、『高峰譲吉』が、
アメリカから日本へ一時帰国した時、
神戸港大桟橋に接岸した客船ハンブルク号で、
横浜へ向う間、
『塩原又策』と初めて、直接、話をしました。

航海中、『塩原又策』は、
「タカヂアスターゼ」の効果に驚いた事、
良い商品を任せてもらって、
とても感謝している事、

販売ルートを拡売するために行った、
取り扱う薬局を増やすための飛び込みセールス、
色々なプロモーション活動、
医家への働きかけなど、話は止まりませんでした。


『高峰譲吉』の名前を前面に打ち出した広告

『高峰譲吉』は、
親子ほども年の違う若い『塩原又策』の熱情に、
心を動かされました。

そして、確固とした信頼の絆が結ばれ、
固い握手が交わされました。

そして、
「タカヂアスターゼ」の委託販売契約を、
『塩原又策』の「三共商店(三共株式会社)」にするように、
本格的な一手販売契約に切り替えました。

また、「パーク・デービス」社から委託されていた
同社製品の日本代理店についても、
「三共商店(三共株式会社)」を選定しました。

そして、
『高峰譲吉』が、アメリカに戻る時、
日本における連絡先として、
『塩原又策』の住居にして、
「時事新報」で、告知しました。

そして、その後も2人の絆は、
終生、続きました。

そして、
「タカヂアスターゼ」を主成分とする「新三共胃腸薬」は、
ご存じかもしれませんが、
今も、「第一三共(三共商店)(三共株式会社)」の
主力商品です。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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