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高峰譲吉(12)-タカヂアスターゼ(4)

1899年に、第1回万国商業大会に、
日本代表として出席した『大谷嘉兵衛』は、

アメリカ合衆国大統領『ウィリアム・マッキンリー 』と面会し、
日本茶への高い関税についての撤廃を陳情し、
太平洋の海底に電話線を引くことを提案すると、

参加者の万雷の拍手を受け、
アメりカの新聞に大きく報じられました。

そして、日本のみならず、
アメリカでも有名人になった『大谷嘉兵衛』は、

『高峰譲吉』を訪ね、
「自分の所で修行した『塩原又策』は、
将来有望と保証しますので、
今後も、よろしくお願いします。」と頼みました。

実は、『高峰譲吉』は、

『西村庄太郎』を介して、
「タカヂアスターゼ」の輸入販売権を許可したりしましたが、
『塩原又策』とは、直接会った事が無く、
文書や電報でしか連絡を取っていなかったので、

医薬品業界では、
単なる一業者にすぎない『塩原又策』の販売力に、
一抹の不安を惑じていました。

そのため、
このまま『塩原又策』の会社に任せていいかを、
悩んでいるところでした。

『高峰譲吉』が、信頼できると考える『大谷嘉兵衛』が、
太鼓判を押す『塩原又策』を、
自分の眼で十分確かめ、
今後の付き合い方を決める事にしました。

そして、(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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