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高峰譲吉(10)-タカヂアスターゼ(2)

「パーク・デービス(現 ファイザー)」社は、
「タカヂアスターゼ」の事を知りましたが、
黄色人種の日本の技術を見下していました。

しかし、
『高峰譲吉』のつくった
「タカヂアスターゼ」の効果を調査した結果、
従来の物に比べて約20倍も効果があったので、
「パーク・デービス」社の社員たちは、
ものすごく驚きました。

そして、1897年、
デトロイトに本社をおく「パーク・デービス」社から、

『高峰譲吉』に、
「タカヂアスターゼ」を、
全世界で売ってあげましょうと上から目線で、
言ってきました。

しかし、『高峰譲吉』は、「タカヂアスターゼ」を、
いろいろな用途で、
別会社で販売を行う事を考えていました。

それを知った「パーク・デービス」社の社長は、
他社に取られてはまずいと考え、

あわてて、『高峰譲吉』を顧問にして、
他にも何でも条件を飲むから、
全て任せてくれと言って好条件で迎えました。

そして、
「パーク・デービス」社が、
「タカヂアスターゼ」を、販売したところ、
胃のもたれがなくなると、

全世界で、大評判になり、
製造が追いつかない位、売れたそうです。

ちなみに、
『高峰譲吉』は、日本だけは、
日本の会社にまかせたいという強い思いがあり、
日本における販売権だけは、契約から除外していました。

そして、日本で、
「タカヂアスターゼ」を販売しようと決心したのが、
21歳の若者の『塩原又策』でした。

ちなみに、
当時、『高峰譲吉』は、44歳でした。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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