昔話(135)-高峰譲吉(4)-麹(2)

『高峰譲吉』は、
万博の米国館で、肥料の資源として利用される、
鳥の糞などが数千年から数万年堆積して、
化石化したリン鉱石を見て興味を抱き、

肥料による日本の農業改良を考えるようになり、
日本に帰国後、
肥料の研究、製造、販売を目的とした
会社設立をするため、

多くの企業の設立・経営に関わった
「日本資本主義の父」と言われている
『渋沢栄一』や、
三井財閥の実業家『益田孝』らの実業家に対して、

「日本の農業の発展のため、

現在、大農主義や機械の使用について、
よく言われていますが、それは、机上論で、

燐素肥料を、安く提供して、
使用してもらう事が、最優先に行う事です。」と力説し、

1886年、
「東京人造肥料会社(現 日産化学)」を設立しました。

ちなみに、
『渋沢栄一』と『高峰譲吉』は、
STAP論文事件で、
有名な「理化学研究所」の設立に、
関係しました。

「東京人造肥料会社」で、
『高峰譲吉』は、
人造肥料の工場の一隅に、
十畳ほどの小さな研究所を設け、
個人的に関心のある
麹、藍、紙などの研究を行いました。

そして、清酒醸造に不可欠な麹の改良を行い、
発酵カが極めて高い元麹を開発し、
「高峰式元麹改良法」の特許を、
日本やイギリス、フランス、
ベルギー、アメリカに申請したそうです。

そして、しばらくたつと、
会社が軌道に乗り始めたました。

しかし、(続く)
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