昔話(134)-高峰譲吉(3)-麹(1)

『高峰譲吉』は、
工部大学校(後の東京大学工学部)応用化学科を、
首席で卒業しました。

そして、
1880年から英国グラスゴー大学へ、
3年間の留学したそうです。

留学中、酒好きだったので、
スコッチを大いに飲んで、楽しみましたが、
好奇心から、その醸造技術を見学しに行きました。

そこで、スコッチの醸造に、
使用する大麦を発芽させてから、その酵素で糖化し、
発酵させるので、手間もかかり、
完成するのに半年以上かかると聞きました。

『高峰譲吉』は、
菌やウイルスと会話が出来る、
『石川雅之』先生の
漫画「もやしもん」ではありませんが、

母親が、造り酒屋の娘だったので、
日本酒造りに詳しく、

従来の大麦の麦芽酵素を使用していたウイスキーに、
より強力なでんぷんの分解力を持っていた
日本酒に使う麹を使用した方が、
種から育てる大麦より、
早く出来て、効率的であると考え、

「高峰式元麹改良法」を考案しました。

その後、農商務省に入省したそうです。

その後、
アメリカで開かれた万国工業博覧会に、
事務官として派遣されました。

その後の処理もあり、
1年間アメリカにいましたが、
その時、宿泊していた所の
娘『キャロライン・ヒッチ』と恋愛関係になり、
婚約しました。

帰国してから、
優秀だった『高峰譲吉』は、
1886年、初代特許局長『高橋是清』に、
頼まれて、

特許局次長(専売特許局局長代理)となり、
特許制度の整備に尽力したので、

特許に詳しくなり、
特許の重要性を認識するようになりました。

1887年、再び、アメリカに行き、正式に手続きをしてから、
現地で結婚式を挙げました。

正式に手続きを取ったものとしては、
最初の国際結婚と言われています。(続く)
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