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アルカロイド(20)-ドラッグ(16)

第二次世界大戦中、覚醒剤は、合法で、
指示された適量を一時的に使っていただけなので、
深刻な被害は、出なかったそうです。

日本軍では、
「メタンフェタミン」製剤は、
「本土決戦兵器」の一つとして量産され、
大量に備蓄されていました。

敗戦後、
日本軍の備蓄品が一気に市場へ流出すると、
酒やタバコといった嗜好品の欠乏も相まって、
人々が精神を昂揚させる手軽な薬品として、
「メタンフェタミン」製剤が蔓延しました。

特に、大日本製薬の「メタンフェタミン」の製剤
「ヒロポン錠」という覚せい剤は、
普通に薬局で市販され、大人気商品でした。

ヒロポン

効能書きには、
体や精神を酷使する時、徹夜作業の時、
疲労回復、うつ病、2日酔いや乗り物酔いの時にも、
効果があると書かれていました。

ちなみに、
「ヒロポン」の名前の由来は、
「疲労をポンと取る。」にも掛けているそうですが、
実際は、
ギリシャ語の「philoponus(労働を愛する)」だそうです。

そして、
1947年に、日本で、覚醒剤のリスクが言われ始め、
薬物依存症者「ポン中」が大量発生し、
中毒患者が50万人を超えるなど社会問題となりました。

その上、中毒者による、不潔な取り扱いで、
注射器を使い回し、
ウイルス性肝炎の伝染機会を増加さたそうです。

そして、
1949年、日本国政府はヒロポンを劇薬に指定し、
1951年に「覚せい剤取締法」が施行されましたが、
すでに覚醒剤は、深刻に蔓延していました。

ちなみに、2010年まで、
「醒」は、常用漢字ではなかったので、
それ以前は、「覚せい剤取締法」のように
覚醒剤の「醒」が「せい」と表記されていたそうです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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