昔話(56)(犬-第4話)-藤原氏と陰陽師と天皇(52)

『藤原道長』の妻は、数人いましたが、

『藤原頼通』と『藤原教通』らの母『源倫子』と、

『藤原能信』らの母『源明子』の2人を、

特に愛し、
『源倫子』には、男子2人、女子4人、
『源明子』には、男子4人、女子2人
それぞれ、6人づつ子供が出来ました。

『藤原道長』の最初の妻『源倫子』は、
当時の現職の左大臣
『源雅信(『宇多天皇』の皇子『敦実親王』の子)』の娘で、
『藤原道長』の出世の大きな助けになりました。

それに対して、
『源明子』の父
『源高明(『『宇多天皇』の子『醍醐天皇』の皇子)』は、
同じ左大臣でしたが、
「安和の変」で流罪になり、死亡しました。

ちなみに、
『源明子』の母は、
『藤原道長』の祖父『藤原師輔』の子供です。

「安和の変」とは、
『冷泉天皇』の次の天皇を選ぶ時に、
『源高明』の支持する『為平親王』と
藤原氏の支持する『守平親王』が、
対立しました。

『為平親王』が、
次期天皇候補No1と有力視されていたので、
あせった藤原氏が、『源満仲』を使って、
「『為平親王』らが、東国で乱を起こし、
世の中を乱そうとしている。」とデマを流し、
『源高明』らが流罪になったという事件です。

これは、藤原氏による他氏排斥事件で、
完全なでっち上げ事件と言われています。

『源明子』は、父の死後、
叔父の『盛明親王(源盛明)』の養女となりましたが、
『盛明親王』も、すぐに死亡しました。

その後、『源明子』は、親戚だった『藤原道長』の
姉『藤原詮子』の庇護を受けていましたが、
その時に、結婚しました。(続く)
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