昔話(96)-糖尿病(36)-治療の歴史(4)

インスリンが発見される前の

日本の大学病院では、

糖尿病の人の腹部に、
大量のX線(レントゲン線)を照射したり、
アヘンや毒物の亜ヒ酸を飲ませたりと、
民間療法的なレベルで、
むしろ、体に害を及ぼすような危険な治療でした。

そのため、
当時、日本の糖尿病の権威で、
糖尿病を検査するために、
米飯270gと鶏卵2個を与えて、その後、血糖値を測定し、
糖尿病を評価するという「坂口試験食」を考案した、
東京大学の『坂口康蔵』が、
どれも効果がないという報告をしています。

ちなみに、
インスリン療法は、欧米では供給のメドがつくと、
すぐに患者の自己注射が認められました。

しかし、日本では1981年まで、
自己注射が認められず、
また、保険適用もありませんでした。

1971年、インスリンの自己注射が認めるように、
約11万人の署名を集め、国に求めましたが、
「国としては、正面きって、
これを取り上げるのは難しい。」と言って認められませんでした。

これは、医療は医師だけのもので、
患者と一緒に治療するという概念が、
無かったという事です。

1981年、

糖尿病患者だった

『園田直』厚生大臣は、

安全性に問題があるとする反対意見に対して、

「日本のメーカーは優秀だから、
必ず安全かつ無痛の自己注射器を開発する。」と言って、
インスリンの自己注射を許可しました。

ちなみに、『園田直』は、痛がりだったので、
注射は、嫌いだったそうです。

インスリンの自己注射の保険適用が認められた事は、
医療は、医師と患者のものという概念を、
国が認めた初めてのケースだそうです。(続く)
スポンサーサイト

Comment

Leave A Comment