昔話(91)-糖尿病(31)-バンティング(21)

「ベストサイエンティスト」と呼ばれた『コリップ』は、
その後、アルバータ大学教授に復帰し、
マギル大学教授、
ウエスタン・オンタリオ大学学部長となり、
1957年までカナダ医学研究機関の
議長を務めたそうです。

そして、
副甲状腺ホルモン、成長ホルモン、
甲状腺刺激ホルモン、
副腎皮質刺激ホルモンを単離し、
ホルモン研究の権威となりました。

しかし、『コリップ』も、
インスリンにまつわるエピソードを、
語りたがらなかったそうです。

1941年2月16日に、
モントリオールのホテルで、
『コリップ』は、偶然に『バンティング』卿と、
会ったそうです。

すると、
『バンティング』卿は、

「インスリン発見の功績は、
80%は君、10%が『ベスト』、
残りが『マクラウド』と私だ。」と
『コリップ』に言って、
握手したそうです。

すると、『コリップ』も、
「貴方がいなかったら、
インスリンの発見が出来なかったでしょう。」と、
硬く手を握り返して、
お互いにその功績を認めあい、
敬意を表し、和解したそうです。

その夜は、時間が過ぎるのも忘れて、
ずっと語らったそうです。


左から『コリップ』、『ベスト』、『バンティング』夫人の『スター』、『バンティング』。

しかし、その5日後の
1941年2月20日『バンティング』卿は、
軍医として戦地に赴く途中、
ニューファンドランドで、
飛行機が、事故で墜落して重傷を負い、
翌日、息を引き取りました。(続く)
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