昔話(71)-糖尿病(12)-バンティング(2)

1921年、『バンティング』は、
トロント大学の生理学教授で、
炭水化物の権威として世界的に有名な
『ジョン・ジェームズ・リチャード・マクラウド』に、
緊張しながら、
実験をさせてもらえないかと頼んだそうです。

しかし、『マクラウド』は、



「そのような研究は、何人もの学者がやってきた。
研究経験の乏しい君に、
できるわけがない。」と取り合ってくれませんでした。

中国の黄巾の乱の鎮圧の際、
活躍して、ある程度、
名を知られるようになった40代の『劉備玄徳』が、
一部の人しか知らない無名の20代の若者の
『諸葛孔明(諸葛亮)』を、軍師として迎える際に、

2回続けて断られても、
3度訪ねて、配下に迎えたとする故事に由来する、
三顧の礼という故事成語がありますが、

三顧の礼は、目上の人が、
格下の者の許に3度も出向いて、
お願いをすると言う意味ですが、

それとは立場が違いますが、
『バンティング』は、2度も断られましたが、

あきらめずに3回も来て、
実験したいと言い続けていました。

でも、実は、『バンティング』は、
医院の経営がうまくいかず、

それが遠因となって婚約も解消したため、

病院にいると気が滅入るので、

大学で研究に専念して、
煩わしい事を忘れたいと思っていました。

そして、3度目の話し合いの時、
『マクラウド』は、何度も話すうち、
膵臓を変性させる発想に興味を引かれていました。

また膵管の結紮などの、
外科医としての技術にも興味を持ったそうです。

そして、
『マクラウド』は、

「この研究が失敗したとしても、
生理学的に意味があるだろう。」と言って、

夏期休暇でスコットランドに行く間の8週間だけ、

10年以上使用していない、
老朽化した研究室と
実験用の犬10匹、
そして、助手を貸す許可をしました。

ちなみに、
欧米では、長期休暇が当たり前みたいです。

以前、
オーストラリアのメルボルン動物園で、
研修を受けた時、

園長が長期休暇に入る前でしたが、
サーフィンをしばらく楽しんだ後に、
何週間か海外旅行すると言っていました。(続く)
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