昔話(60)-糖尿病(1)

『藤原道長』には、
糖尿病の遺伝的素因があり、

『藤原道長』の叔父『藤原伊尹』は、
重症の糖尿病に悩まされ49歳で死亡しています。

また『藤原道長』の兄『藤原道隆』も、
糖尿病と酒の飲みすぎで死亡していました。

ちなみに、
『源頼朝』も、「飲水に依り重病。(沢山水を飲む病気)」と
関白『近衛実家』の日記に書かれているので、
糖尿病だったと考えられています。

『織田信長』も、
甘党で、水を沢山飲み、頻尿で、
糖尿病神経障害によると思われる
足のしびれや痛みに、悩んでいたそうなので、
糖尿病だったと考えられています。

ちなみに、
日本で、糖尿病を患っていたと
明確な記録が残っている最も古い人物は、
『明治天皇』だそうです。

糖尿病に関しては、
昔から、人々は悩まされていました。

世界で、最も古い糖尿病の記録は、
紀元前1550年頃の
現在まで伝わる最も古い医学文書の1つの
「エーベルス(エベルス)・パピルス」に、

多量の排尿が認められ、
他に肋骨が浮き出る以外に、
何の所見もない。」と記述されています。

紀元前600年頃のインド に、
『スシュルタ』は、その著書で、

「過食、運動不足など肥満を来した、
金持ちで大食の人がなりやすい。

先天性で親の種に欠陥があるために起こり、
痩せている。

患者の尿は甘く、アリが集まる。」と記述されています。

欧米における最も古い糖尿病の記載は、
1世紀頃のローマの著述家
『アウルス・コルネリウス・ケルスス』の、
著書「 De Medicina (医学論:医学百科事典)」に、

「尿量が飲水量を超えると、
衰弱と危険が引き起こされる。」と記述されています。

ローマ帝国時代のギリシアの医学者『ガレノス』は、

「暴力的口渇、尿瓶の水腫と呼ばれる稀な病気がある。
この病気では腎臓が影響を受ける。

稀な病気で、今までに2人しか診察していない。

患者は、大量に水を飲み、
飲んだ液体はすぐさま尿として排泄される。」と
記述しています。

2世紀頃のトルコの
カッパドキアの医師『アレタイオス(『アレテウス』)は、
その著書で、

「この病気はそれほど多くなが、不思議な病気で、

喉の渇きは、水をいくら飲んでも、癒されることがなく、
飲んだ以上に尿が出て、
肉体も手足も全部溶けだして、外へ出ていって、
最後は干からびて死んでいく。

病気はゆっくりと進行し、完成するまで長い時間がかかる。

しかし、病気が完成すると身体の溶けかたは速くなり、
死が間近になる。」と記述しています。

紀元前206年頃の漢(中国)の古文書「黄帝内経」に、

「消渇(糖尿病)は、
沢山食べても、お腹がすいて、
沢山の水を飲んで、沢山の尿をして、痩せていく。
それは、
甘いものや肉などの美味しい物を、
よく食べて肥満することと関係する。」と記述されています。

唐(中国)の初代皇帝『李淵』に信頼されていた
医師の『甄権』の著書『古今録験方』では、

「多尿症(消渇症)の尿は甘く、
犬がなめる」と記述されています。

しかし、糖尿病は、
腎臓や尿路の病気と考えられていました。

糖尿病で尿糖が出ることは、
アジアでは古くから知られていました。

しかし、欧米では、
17世紀に至るまで誰も尿糖を知りませんでした。(続く)
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