昔話(46)-藤原氏と陰陽師と天皇(42)

『藤原能信』の
不良仲間の右近衛将監・『藤原頼行』が、
強姦を企てたそうです。

そして、『藤原頼行』の要請を受けて、

『藤原能信』は、
気が荒く、力自慢の従者を、
加勢に派遣したそうです。

しかし、ちょっとした事で、
口論となり、武器を使った大喧嘩となり、
従者は射殺され、
強姦は、失敗したそうです。

『藤原頼行』は、
一旦検非違使に捕まったそうですが、
これ以上の混乱を避けるため、
すぐに、解放されたそうです。

他には、
不良仲間の大学助『大江至孝』が、
右京進『藤原致行』が死んだ後、
未亡人となった『観峯女』を、
我が物にしようと女の家に押し入りましたが、
警備していた人たちに、
逆に身柄を拘束されてしまったそうです。

そのため、『大江至孝』は、
逃げる事が出来た従者を使って、
『藤原能信』に、助けを求めたそうです。

そして、
『藤原能信』は、
数人の従者を加勢に向かわせたそうです。

従者たちは、『大江至孝』を助け出しましたが、
従者の一人が刺殺されてしまいました。

それを聞いて、『藤原能信』は、
ものすごく怒りました。

そのため、
さらに多くの従者に、
『観峯女』の家にある物を全てを略奪、破壊し、
『観峯女』を拉致して、連れてくるように命令しました。

しかし、
『観峯女』を拉致し、連れてきた時、
父『藤原道長』が、一連の事件で、
ものすごく怒っていると聞いたので、
『観峯女』を、解放したそうです。

事件の翌日、弁解のため、
父『藤原道長』の元を訪れたのですが、
物凄く怒っていたので、
『藤原能信』を追い払ってしまったそうです。

『藤原能信』は、弟の『藤原教通』との間に、
土地の所有権に関する争いが、起きました。

そして、
『藤原教通』の従者の厩舎人長を、
拉致監禁して暴行を加えたそうです。

しかし、弟の『藤原教通』も、負けてはいません。
報復のため、
兄の『藤原能信』の従者の家を破壊したそうです。

『藤原能信』が、
後日、大きな歴史の流れに関わる事になりますが、
その話は、後日…。

あまりにも、親や弟たち家族が、
乱暴狼藉を働くので、
良識人だった嫡男『藤原頼通』は、
周囲に愚痴をこぼしていたそうです。(続く)
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