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愛犬物語-第4話-藤原氏と陰陽師と天皇(38)

『藤原道長』は、

有力な兄がいた時は、
さほど目立たない存在で、
権力を持つ事を、あきらめていたので、

豪放で細かい事を気にしない性格でしたが、

兄たちが死んで、権力を手にしてからは、

調子づいて、
万物は自分の為にあると考えるようになり、
傲慢になりました。

それは、
ボクシングの元世界2階級王者で、
亀田三兄弟の
次男『亀田大毅(浪速乃弁慶)』さんと同じです。

『亀田大毅』さんは、
ボクシングに関しては、
兄や弟と比べると、落ちこぼれで、
実は、ボクシングより、
イラストや音楽の方が好きだったそうです。

兄や弟が1日で、
ボクシングの新しい技術を取得するところ、
1週間以上かかって、習得できるようになったり、

兄が楽勝で勝った相手に、ボロ負けしたりしました。

父に言われてやっていましたが、
ボクシングが、とても嫌いだったそうです。

ただ、父親や兄弟の事が大好きで、
父親の夢「兄弟そろってチャンピオン。」を叶えるため、
兄弟に迷惑をかけないため、ボクシングを続けていたそうです。

そして、父親の夢が叶ったら、
ボクシングを辞めようと思っていたそうです。

『亀田大毅』さんは、
デビュー戦の前日まで、
ほとんど寝る事ができない位、
ストレスを受けていたのですが、

周りからのプレッシャーがあり、

出来るとは思っていなかったのですが、
兄が、デビュー戦で、44秒KO勝ちしたので、

やけくそで、開き直り、
兄より早く相手を倒すと言ったそうです。

すると、今までKOした事が無かったのに、
まさかの23秒KOで、勝利したそうです。

そこで、調子づいたそうです。

すると、10連勝したそうです。

そして、
もしかすると、ボクシングの才能は、
世界一と思うようになり、
歯止めが効かない位、
自信過剰、傲慢になって行ったそうです。

しかし、
『内藤大助』さんとの世界戦で、
ものすごい格の違いを感じ、

今までは弱い相手としか戦っていなかった事に気づき、
このまま戦っていると、敗けて、再び落ちこぼれになると思い、
気が付いたら、反則を連発していたそうです。

そして、大バッシングを、受ける事になったそうです。

その後、
左目の網膜剥離のために引退する事を決めたので、
最後の試合を良いものにしようと練習しているうちに、
ボクシングを、初めて好きになったそうです。

そして、現在、
ボクシングを引退した『亀田大毅』さんは、
挫折を乗り越え、
昔と違って、とても良い人になりました。

しかし、『藤原道長』は、挫折が無く、
死ぬまで調子づいていたので、
ずっと良い人では、なかったようです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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