昔話(39)-藤原氏と陰陽師と天皇(35)-亀の恩返し(6)

『藤原山蔭』は、仏師の童子に、
毎日休まず、仏舎の中から出てこないで、
一生懸命、仏様を彫刻していると思うと、

十分とは言えないかもしれませんが、
せめて、料理の味や見た目を楽しんでもらおうと、

勉強し、色々と試行錯誤し、工夫して、
仏師の童子の口に合うよう、
美味しい調理方法を考案し、

毎回、違う種類の料理をしたので、
料理に、とても詳しくなりました。

当時、中国の唐の食習慣・調理法が、
日本にもたらされていました。

『藤原山蔭』は、
これを日本風にアレンジし、まとめたそうです。

その後、
料理好きだった『光孝天皇』や『清和天皇』に勧められて、
さらに、仏様や天皇に出すような、
新しい庖丁式(料理作法)を考案しました。

ちなみに、『藤原山蔭』は、
「日本料理中興の祖」、「包丁の神」、
「料理の祖神」と言われています。

『藤原山蔭』の庖丁式は、
藤原北家の四条家に家職として伝えられ、
「四条流庖丁式」と呼ばれています。

『四条流庖丁書』には、
料理道具の名所・寸法などから
具体的な料理法、箸・膳の飾り方にいたるまで、
詳細な記述がなされています。

庖丁式の素材は、三鳥五魚と言って、

鶴、雁、雉、
鯉、鱸、真鰹、鯛、鮒を用いるそうです。

調理する魚、鳥には、上下があり、
海のものを上、川のものを中、
山のもの(雉など)を下としていますが、

『藤原山蔭』が、
始めて庖丁したのが、鯉と言われているので、
鯉は、特別扱いになり、最上位だそうです。

「四条流庖丁式」は、
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、
意識を研ぎ澄ませ、

天下泰平、五穀豊穣を祈願し、
全てのの料理材料の
生命に捧げる感謝を、

一刀一礼の作法により、
料理する式により完成させ、
神様や仏様に奉げるという、

お祓いに似た儀式だそうです。(続く)
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