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藤原氏と陰陽師と天皇(31)-亀の恩返し(6)

『藤原山蔭』は、仏師の童子に、
毎日休まず、仏舎の中から出てこないで、
一生懸命、仏様を彫刻していると思うと、

十分とは言えないかもしれませんが、
せめて、料理の味や見た目を楽しんでもらおうと、

勉強し、色々と試行錯誤し、工夫して、
仏師の童子の口に合うよう、
美味しい調理方法を考案し、

毎回、違う種類の料理をしたので、
料理に、とても詳しくなりました。

当時、中国の唐の食習慣・調理法が、
日本にもたらされていました。

『藤原山蔭』は、
これを日本風にアレンジし、まとめたそうです。

その後、
料理好きだった『光孝天皇』や『清和天皇』に勧められて、
さらに、仏様や天皇に出すような、
新しい庖丁式(料理作法)を考案しました。

ちなみに、『藤原山蔭』は、
「日本料理中興の祖」、「包丁の神」、
「料理の祖神」と言われています。

『藤原山蔭』の庖丁式は、
藤原北家の四条家に家職として伝えられ、
「四条流庖丁式」と呼ばれています。

『四条流庖丁書』には、
料理道具の名所・寸法などから
具体的な料理法、箸・膳の飾り方にいたるまで、
詳細な記述がなされています。

庖丁式の素材は、三鳥五魚と言って、

鶴、雁、雉、
鯉、鱸、真鰹、鯛、鮒を用いるそうです。

調理する魚、鳥には、上下があり、
海のものを上、川のものを中、
山のもの(雉など)を下としていますが、

『藤原山蔭』が、
始めて庖丁したのが、鯉と言われているので、
鯉は、特別扱いになり、最上位だそうです。

「四条流庖丁式」は、
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、
意識を研ぎ澄ませ、

天下泰平、五穀豊穣を祈願し、
全てのの料理材料の
生命に捧げる感謝を、

一刀一礼の作法により、
料理する式により完成させ、
神様や仏様に奉げるという、

お祓いに似た儀式だそうです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、放浪しました。

そして、
海外14カ国を、放浪し、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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