昔話(31)-藤原氏と陰陽師と天皇(27)

『花山法皇』は、出家した後、
多くの従者を従えて、
自分の権威を見せ付けるのを好み、
相変わらずの奇行ぶりでした。

賀茂祭の時、『花山法皇』は、
蜜柑を紐に通して数珠にした異様な姿で、
一度見たら、忘れられないような
背の高い帽子をかぶっていた『高帽頼勢』ら
多くの屈強な異装の従者を従え、
街を、かっぽしていました。

すると、
『藤原斉信』が乗っていた車がありました。

『藤原斉信』には、貸しがありました。

数年前、『花山法皇』が天皇だった時、
『藤原斉信』と『藤原宣孝』が、
賀茂臨時祭の重要な役だったのに、
さぼった事がありました。

ちなみに、後日、『藤原宣孝』は、
『紫式部』と結婚したそうです。

賀茂臨時祭を楽しみにしていた『花山天皇』は、
激怒しました。

そして、
『藤原宣孝』は、処分されましたが、
『藤原斉信』は、当時17歳だったので、
若い事を理由に、
両親の前で、注意を受けただけでした。

その結果には、『花山法皇』は不満でした。

その上、『藤原斉信』は、
天皇の時は、自分に仕えていたのに、
今は、自分を騙して、出家させた『藤原兼家』の
子『藤原道長』の第一の家来でした。

『花山法皇』は、
『藤原道長』が、権力を手にするまでは、
豪快で、気が良かったので、
別に嫌いではありませんでしたが、
やはり、『藤原兼家』の血を引いているだけあって、
権力を手にして、本性が出てからは、
大嫌いになりました。

その上、『藤原斉信』とその傍にいた『藤原公任』は、
『藤原道長』の所からの帰りと聞きました。(続く)
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