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藤原氏と陰陽師と天皇(24)

皇后宮『定子』は、
『敦康親王』、『媄子内親王』を産みましたが、
その後、、間もなく、
皇后宮『定子』は、崩御されたそうです。

中宮『彰子』は、12歳前後で入内したので、
若い事もあり、なかなか御子を産みませんでした。

そのため、中宮『彰子』に御子が授かるように、
『藤原道長』は、霊場として人気があった、
吉野の「金峯山寺」に御岳詣に行く事にしました。

「金峯山寺」の御岳詣は20-1000日、
肉食を断ち、行いを慎んで、
身を清める精進潔斎をし、
その間、夜明けに、
「金峯山寺」に向かって、
百度の礼拝をするそうです。

「金峯山寺」については、後日詳しく…。

御岳詣の事を聞いた、
『藤原伊周』、『藤原隆家』は、

『藤原道長』の警備が手薄になると考え、

当時、『源頼光』らと共に「天下之一物」と言われ、
勇猛な武将として高く評価されていた『平致頼』を使って、

暗殺しようと計画したそうです。

しかし、失敗に終わったそうです。

『藤原道長』は、無事に「金峯山寺」で、
お経を埋めたそうです。

ちなみに、
「朝家の守護」として有名な『源頼光』は、
『藤原道長』に仕え、
鬼退治などをしましたが、
その話は、後日詳しく…。

『藤原道長』は、
御子が生まれない時の保険として、

中宮『彰子』に、

皇后宮『定子』の子『敦康親王』を育てさせました。

ちなみに、『媄子内親王』は、
祖母の『詮子(東三条院)』の養女になったそうです。

『敦康親王』は、
頭も性格も良く、中宮『彰子』に、
ものすごくなつきました。

しかし、(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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