昔話(27)-藤原氏と陰陽師と天皇(23)

『一条天皇』は、
出家しても、皇后宮『定子』が好きだったので、
宮中に迎え入れたいと考えていました。

しかし、
出家後の后の入内というのは、
異例であるので、例え天皇でも、
内裏の中へ正式に入れる事が出来ませんでした。

そのため、
別宅を準備し、人目を避けて、夜遅く通い、
夜明け前に帰るという事をしたそうです。

『藤原道長』は、長女『彰子』を、
『一条天皇』に、入内させていました。

『彰子』を、立后させたいので、
色々と手を回していました。

皇后宮『定子』には、
『清少納言』という才女が仕えて、
人気があったので、

『藤原道長』は、
それに対抗するため、『彰子』に、
『紫式部』という才女を仕えさせました。

ちなみに、『藤原道長』は、
『紫式部』の「源氏物語」の
『光源氏』のモデルのひとりだそうです。

ちなみに、
『清少納言』の「枕草子」は、
『藤原道隆』を祖とする
「中関白家」の没落の美の影響を受け、

『紫式部』の「源氏物語」は、
『藤原道長』「御堂関白」の栄華の影響を受けている
と言われています。

そして、
『藤原道長』の根回しが功を奏し、
「女御」だった『彰子』が、
新たに正妻の「中宮」となりました。

そのため、
先に「中宮」を号していた中宮『定子』は、
「皇后宮」と呼ばれるようになり、

史上はじめて「一帝二后」となりました。(続く)
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