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藤原氏と陰陽師と天皇(23)

『一条天皇』は、
出家しても、皇后宮『定子』が好きだったので、
宮中に迎え入れたいと考えていました。

しかし、
出家後の后の入内というのは、
異例であるので、例え天皇でも、
内裏の中へ正式に入れる事が出来ませんでした。

そのため、
別宅を準備し、人目を避けて、夜遅く通い、
夜明け前に帰るという事をしたそうです。

『藤原道長』は、長女『彰子』を、
『一条天皇』に、入内させていました。

『彰子』を、立后させたいので、
色々と手を回していました。

皇后宮『定子』には、
『清少納言』という才女が仕えて、
人気があったので、

『藤原道長』は、
それに対抗するため、『彰子』に、
『紫式部』という才女を仕えさせました。

ちなみに、『藤原道長』は、
『紫式部』の「源氏物語」の
『光源氏』のモデルのひとりだそうです。

ちなみに、
『清少納言』の「枕草子」は、
『藤原道隆』を祖とする
「中関白家」の没落の美の影響を受け、

『紫式部』の「源氏物語」は、
『藤原道長』「御堂関白」の栄華の影響を受けている
と言われています。

そして、
『藤原道長』の根回しが功を奏し、
「女御」だった『彰子』が、
新たに正妻の「中宮」となりました。

そのため、
先に「中宮」を号していた中宮『定子』は、
「皇后宮」と呼ばれるようになり、

史上はじめて「一帝二后」となりました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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