昔話(25)-藤原氏と陰陽師と天皇(21)

『藤原伊周』は、
勅命ではないのに「大元帥法」を、
密かに行ったとして、
十分噂が広まったので、
『藤原道長』は、
政敵を葬る機会を得ました。

そして、
「花山院闘乱事件」、「東三条院呪詛」、
「大元帥法」の3つの罪のため、
『藤原伊周』、『藤原隆家』は、
配流と決まりました。

しかし、
『藤原伊周』、『藤原隆家』は、
配流の宣旨が下ってから、
病気を口実に出立を拒み、

安全と思われた
中宮『定子』の居る中宮御所に、
逃げ込んだそうです。

何故なら、
中宮御所にいる間に、
中宮『定子』が御子を出産すれば、
大赦が行われ、罪が無くなるどころか、
逆転出来ると考えたそうです。

ちなみに、『藤原伊周』の母方の
伯父『高階信順』も同罪と言われたので、
一緒に逃げ込んだそうです。

中宮『定子』は、片時も兄弟達のそばを離れず、
「中宮」という自らの地位だけを頼りに、
守ろうとしました。

しかし、(続く)
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