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藤原氏と陰陽師と天皇(21)

『藤原伊周』は、
勅命ではないのに「大元帥法」を、
密かに行ったとして、
十分噂が広まったので、
『藤原道長』は、
政敵を葬る機会を得ました。

そして、
「花山院闘乱事件」、「東三条院呪詛」、
「大元帥法」の3つの罪のため、
『藤原伊周』、『藤原隆家』は、
配流と決まりました。

しかし、
『藤原伊周』、『藤原隆家』は、
配流の宣旨が下ってから、
病気を口実に出立を拒み、

安全と思われた
中宮『定子』の居る中宮御所に、
逃げ込んだそうです。

何故なら、
中宮御所にいる間に、
中宮『定子』が御子を出産すれば、
大赦が行われ、罪が無くなるどころか、
逆転出来ると考えたそうです。

ちなみに、『藤原伊周』の母方の
伯父『高階信順』も同罪と言われたので、
一緒に逃げ込んだそうです。

中宮『定子』は、片時も兄弟達のそばを離れず、
「中宮」という自らの地位だけを頼りに、
守ろうとしました。

しかし、(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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