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2人の大量殺人鬼を生み出したコロンビア(8)-「ラ・ビオレンシア(暴力)の時代」(7)-殺人率

1990年代までは、コロンビアは、世界で最も危険な国の1つでしたが、2002年、『アルバロ・ウリベ』大統領と、2010年、『フアン・マヌエル・サントス」大統領が、治安対策に力を入れた結果、2016年、「コロンビア革命軍(FARC)」は、政府と戦闘終結で合意し、武装解除したので、コロンビアは、飛躍的に、治安が改善しました。ちなみに、「コロンビア革命軍(FARC)」は、武装解除後の2017年以降は、合法政党に...

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2人の大量殺人鬼を生み出したコロンビア(7)-「ラ・ビオレンシア(暴力)の時代」(6)-麻薬カルテル戦争

自由党『フリオ・セサル・トゥルバイ・アヤラ』大統領は、反政府活動に対して、戒厳令を布告して弾圧しました。そして、多くの人々が、秘密警察による拉致や拷問を受け、その後、行方不明となりました。これらの人権侵害によって、『フリオ・セサル・トゥルバイ・アヤラ』は、多くの批判を浴びましたが、1982年まで、大統領を務め、1982年、保守党『ベリサリオ・ベタンクール・クァルタス』が、大統領に就任しました。そし...

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2人の大量殺人鬼を生み出したコロンビア(6)-「ラ・ビオレンシア(暴力)の時代」(5)-誘拐ビジネス

コカイン製造が始まって間もない頃は、武装化した市民や農民達「コロンビア革命軍(FARC)」と麻薬組織のマフィアは、良い関係で、武装化した市民や農民達「コロンビア革命軍(FARC)」が、支配地域のコカイン栽培を受け持ち、麻薬組織のマフィアが、コカインを精製し、アメリカなどへ密輸し、販売していました。しかし、大儲けした麻薬組織のマフィアが、直接、コカインを栽培した方が、効率が良いと考え、大規模に農場を、買い漁...

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2人の大量殺人鬼を生み出したコロンビア(5)-「ラ・ビオレンシア(暴力)の時代」(4)-コーヒー農家から麻薬農家へ

コロンビアでは、コーヒー栽培が、盛んでしたが、アメリカの圧力により、国際連合(国連)の専門機関のIMF(国際通貨基金)が、コーヒーの国際価格調整のため、コロンビアに、市場開放政策を指示し、自由貿易を行うようになると、コーヒー農家は、壊滅的な状況に陥いりました。ちなみに、IMF(国際通貨基金)は、各国の政策の監視などを行っていて、国際貿易の促進、雇用と国民所得の増大、為替の安定などへの寄与など、国際金融と...

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2人の大量殺人鬼を生み出したコロンビア(4)-「ラ・ビオレンシア(暴力)の時代」(3)-武装民兵組織を生む土壌

1958年、保守党と自由党は、協定を結び、両党が、4年ごとに交代で大統領を務め、全ての政府関係職を、公平に分ける事にし、これからは、平和になるのでと言って、武装化した市民や農民達「コロンビア革命軍(FARC)」に、武装解除を提案しました。しかし、武装化した市民や農民達「コロンビア革命軍(FARC)」は、前回の事で、政府を信用しなくなっていたので、貧富の差の解消も訴えて、武装解除を拒否し、ゲリラ活動が続いた...

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2人の大量殺人鬼を生み出したコロンビア(3)-「ラ・ビオレンシア(暴力)の時代」(2)-『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領

政権を握った『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領は、一般大衆 の利益や権利を守るという事で、ポピュリズム(大衆主義)政策を掲げ、武装化した市民や農民達に、農地改革と貧困対策を取ることと、武装化した市民や農民達が、今までしてきた暴力行為に関して、罪を問わないので、暴力をやめて、平和な世の中になろうと説得し、武装化した市民や農民達の武装解除に成功しました。『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領は、国...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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