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『エドワード・ジェンナー』とワクチン(1)-師匠『ジョン・ハンター』の影響でカッコウの托卵発見!認められるまで、百年以上!

『エドワード・ジェンナー』は、1749年5月17日に、牧師『ステファン・ジェンナー』の子として、イギリスのバークレイという、牛が沢山飼育されている、酪農地帯で生まれました。1761年、『エドワード・ジェンナー』は、開業医『ダニエル・ラドロウ』に弟子入りして、9年間医学の勉強をしました。この時、患者の女性が、「私は前に牛痘にかかったので、天然痘にかかることはありません。」 と都市伝説的な事を言いました...

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ドリトル先生と「ジキルとハイド」のモデル-『ジョン・ハンター』(14)-義弟の裏切り

『ジョン・ハンター』の死後、最後の弟子『ウィリアム・クリフト』が、『ジョン・ハンター』のコレクションや研究資料を、保管、整理していました。すると、『ジョン・ハンター』の義弟で、弟子でもあった、医師で解剖学者の『エヴァラード・ホーム』が、『ウィリアム・クリフト』に、義兄『ジョン・ハンター』の残した研究資料一切を要求しました。『ウィリアム・クリフト』は、嫌な予感がしたので、引き渡しを伸ばし、できるだけ...

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ドリトル先生と「ジキルとハイド」のモデル-『ジョン・ハンター』(13)

『ジョン・ハンター』は、自分で、心臓の冠動脈が詰まって狭くなる狭心症と、診断治療していましたが、狭心症が急速に悪化し、体調は悪かったのですが、通常の業務に加え、外科医組合の役員や外科軍医総監など仕事も多く、多忙な日々を送っていました。1793年10月16日、『ジョン・ハンター』は、セントジョージ病院の理事会で、2人のスコットランド人生徒の、外科訓練の受け入れについて、議論していましたが、他の理事と...

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ドリトル先生と「ジキルとハイド」のモデル-『ジョン・ハンター』(12)-コレクション魂巨人症チャールズ・バーン-自分の骨格標本作製方法

1782年5月6日のイギリスの新聞記事には、「どんなにすごく珍しかろうが、ほとんどの場合、大衆の興味を、ひきつけることは、なかなか困難である。しかし、【コックスズ・ミュージアム】にいる、生ける彫刻のアイルランド出身の『チャールズ・バーン』は、今までに見た事が無い程、大きい巨人だ。絶対に、一見するべきだ!」と、書かれていました。1761年に生まれた『チャールズ・バーン』は、成長ホルモンが、過剰に存在...

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ドリトル先生と「ジキルとハイド」のモデル-『ジョン・ハンター』(11)

1765年、『ジョン・ハンター』は、外科医の仕事で順調に稼げるようになったので、ロンドンのアールズ・コートに、別荘を購入し、休日の日曜日には、アールズコートの別荘へ行き、自然や動物とたわむれ、息抜きをするという日々を過ごしていました。そして、犬や豚牛などの家畜からシマウマやライオン、ヒョウ、キリンなどを飼育し、近所の子供達を喜ばせました。しかし、牛とレスリングをして殺されそうになったり、ヒョウが鎖...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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