日露戦争(14)-ロジェストヴェンスキー(5)

『ロジェストヴェンスキー』は、ロシアに戻ってすぐに、大将に昇進しました。その後、1906年に、日露戦争に関する軍法会議が開かれました。その時、『ロジェストヴェンスキー』は、「敗戦の責任は自分にある。自分と『ネボガトフ』だけを訴追すればいい。」と発言しましたが、戦闘中に重傷を負い指揮権を持っていなかったとして、少将に降格されただけでした。その代わり、『ロジェストヴェンスキー』が倒れた後、全軍の指揮を...