昔話(94)-糖尿病(34)-治療の歴史(2)

2世紀頃のシリアの『アルキゲネス』は、麻薬を勧めました。当時、糖尿病は腎の病気と考えられていたので、アヘンなどの麻薬には、腎の消炎作用があるとされ、20世紀の初頭まで、アメリカの内科学の教科書にも、糖尿病の一治療法として、麻薬のアヘンも推奨されていました。麻薬には、血糖を下げる力はありませんが、そのの作用で食欲が低下し、食べなくなることで、血糖が改善していたと考えられています。西洋人で初めて尿を舐...

昔話(93)-糖尿病(33)-治療の歴史(1)

古代エジプトの糖尿病に関して、「エーベルス(エベルス)・パピルス」に書かれた処方は、「血玉髄」、「赤い穀類」、「キャロブ」、「糸杉」を使用すると書かれてます。「血玉髄」は、微細な石英の結晶が集まってできた鉱物で、碧玉の一種です。「赤い穀類」は、赤味を帯びた小麦粉と言われています。「キャロブ」(和名:イナゴマメ)は、血糖値改善作用や肝機能の改善効果があると言われています。果肉自体にチョコレート風味の...

昔話(93)-糖尿病(33)-バンティング(23)

『バンティング』は、死ぬまで、膵管結紮という偉大な発想こそ、唯一の価値だと思い込んでいました。しかし、当時、新進気鋭で、他人の欠点を鋭く指摘し、激しい辛口の論調で有名だった『フランコン・ロバーツ』は、『バンティング』たちの事を馬鹿にしていたので、「膵管結紮によって、蛋白分解酵素である外分泌物トリプシンから、膵内分泌物を保護するという、『バンティング』の仮説は誤りで、このような反応は、実際には起こり...

昔話(92)-糖尿病(32)-バンティング(22)

2013年、カナダ政府は、インスリン発見に至る研究とその関連資料を、ユネスコ記憶遺産に申請して、登録されました。『バンティング』が、インスリンのアイディアを思いついた家は、今では「Banting House」としてカナダの史跡に指定され、カナダ糖尿病協会の本部としても使われています。家の前には、『バンティング』像が建っています。ちなみに、「Banting House」管理人の『グラント・モルトマン』は、 「糖尿病に対して、...

昔話(91)-糖尿病(31)-バンティング(21)

「ベストサイエンティスト」と呼ばれた『コリップ』は、その後、アルバータ大学教授に復帰し、マギル大学教授、ウエスタン・オンタリオ大学学部長となり、1957年までカナダ医学研究機関の議長を務めたそうです。そして、副甲状腺ホルモン、成長ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、副腎皮質刺激ホルモンを単離し、ホルモン研究の権威となりました。しかし、『コリップ』も、インスリンにまつわるエピソードを、語りたがらなかったそ...

昔話(90)-糖尿病(30)-バンティング(20)

コイン投げでインスリン発見者の光栄に浴し、「ラッキーガイ」と呼ばれた『ベスト』は、恩師『マクラウド』と『バンティング』の板挟みに悩み、2人と関係ないイギリスのロンドン大学に留学しました。その後、『マクラウド』の後任として、トロント大学教授となったそうです。すると、『バンティング』卿は、『ベスト』の台頭を警戒し、「昔は、自分の助手だったし、インスリン発見の名誉も与えノーベル賞の賞金も折半し、色々手助...

昔話(89)-糖尿病(29)-バンティング(19)

『バンティング』は、突然のひらめきで栄光の座についいたので、研究者として受けるべき研修や経験がなかったので、何の準備もせず、行き当たりばったりでした。そして、「研究に必要な事は、訓練ではなくアイデアだ!」と言って、無計画に好き放題をしていました。そして、1923年に『バンティング』は、「3年前に婚約し、2年前に結婚したインスリンとは、ここに離婚する。」と宣言しました。そして、全ての細菌を殺す「アン...