記事一覧

糖尿病(28)-バンティング(18)

人々は、『バンティング』が、次の医学上の大発見をすると期待していました。そのため、トロント大学構内に、「バンティング&ベスト医学研究所」が、創設されました。でも、『バンティング』は、自分の助手と考えている『ベスト』と自分の名が、対等に扱われている事を、快く思わなかったそうです。研究所には、『バンティング』の名声を慕って、多くの学生たちや世界各国の研究者たちが、訪れました。左:『バンティング』  右...

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糖尿病(27)-バンティング(17)

『バンティング』は、絶大な権力を握るようになりました。そして、『マクラウド』に対して、「利己的で、いつも他人のアイデアを盗んでいる。」、「言葉は下痢のように出てくるが、アイデアと結果は便秘状態。」などなど…次第に『マクラウド』への敵意を現わにし、批判するようになりました。その結果、1928年『マクラウド』は、長年勤務していたトロント大学を、退職せざるを得ない状況に追い込まれました。『バンティング』...

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糖尿病(26)-バンティング(16)

その後、 『バンティング』は、アメリカからの好条件の誘いを、蹴ってカナダに留まりました。インスリンの特許料による、利益は膨大なものでしたが、『バンティング』は、元々、特許取得に反対していたし、特許から生まれる利益に対して、全く関心がありませんでした。そのため、主要人物の『バンティング』が、「特許料を、1ドルで大学に譲る。」と言ったので、『ベスト』、『コリップ』の発明者3名は、特許料として、大学から、...

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糖尿病(26)-バンティング(16)

『チャールズ・E・ヒューズ』の娘『エリザベス・ヒューズ』が、1918年に、1型糖尿病を発症したそうです。当時、糖尿病の一般的な治療法である飢餓療法で治療していましたが、状態は悪くなる一方でした。そして、『エリザベス・ヒューズ』が、糖尿病の最先端の治療薬が出来たと聞いたので、トロントにやって来ました。そして、製品化したインスリンを、世界で最初に注射した糖尿病患者になりました。あと3日で15歳になると...

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糖尿病(25)-バンティング(15)

『バンティング』は、周囲の人々から、インスリンの特許を、取得するように言われていましたが、「医学に関わる発見や発明は、特許とするべきでない。ましてや医者は、特許に係るべきではない。」と言って、断っていました。しかし、トロント大学の説得により、特許取得に反対していた 『バンティング』は、「自分の名前を出さないという事、この特許は、他人に特許を先に取らせないようにする以外は、目的にしない。抽出法の詳細...

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糖尿病(24)-バンティング(14)

『バンティング』たちを、特に激しく抗議したのは、ルーマニアの『ニコラス・コンスタンチン.・パウレスコ』です。『パウレスコ』『バンティング』たちの報告は、自分の報告内容を引用したもので、自分こそがインスリンの発見者だと言いました。『パウレスコ』は、ルーマニアのブカレストの大学の生理学の教授をしていました。1916年に膵エキスの抽出実験により、血糖降下効果に気付き始めたそうです。しかし、ブカレストが戦...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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