記事一覧

藤原氏と陰陽師と天皇(53)

正妻の『源倫子』の子供たちは、順調に出世を遂げたのに対し、『源明子』の子供たちは、出世に限界がありました。そのため、『源明子』の子供たちは、『源倫子』の子『藤原頼通』の機嫌を取って、出世を図ろうとしました。『源明子』の子『藤原能信』は、それを良しとせず、機嫌を取るどころか、公然と『藤原頼通』と口論して、父『藤原道長』の怒りを買うこともあったそうです。そのため、『藤原能信』は、正二位権大納言以上には...

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藤原氏と陰陽師と天皇(52)

『藤原道長』の妻は、数人いましたが、『藤原頼通』と『藤原教通』らの母『源倫子』と、『藤原能信』らの母『源明子』の2人を、特に愛し、『源倫子』には、男子2人、女子4人、『源明子』には、男子4人、女子2人それぞれ、6人づつ子供が出来ました。『藤原道長』の最初の妻『源倫子』は、当時の現職の左大臣『源雅信(『宇多天皇』の皇子『敦実親王』の子)』の娘で、『藤原道長』の出世の大きな助けになりました。それに対し...

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愛犬物語-第4話-藤原氏と陰陽師と天皇(51)

以前書いた通り、関白を巡って激しい政争が、『藤原伊周』と『藤原道長』の間に、繰り広げられていたそうです。その時、『藤原伊周』の母『高階貴子』の妹『高階光子』が、陰陽師の『円能』に命じて、呪詛事件を起こしたそうです。それが、いつの間にか、『藤原顕光』と『安倍晴明』と『藤原顕光』と『芦屋道満』の話に、なったそうです。そして、『藤原道長』、『藤原道長』の娘『彰子』、そして、『藤原道長』の孫『敦成親王(後...

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愛犬物語-第4話-藤原氏と陰陽師と天皇(50)

『藤原顕光』の祟りにより、色々悪い事が起きたと考えられたので、『藤原顕光』は、『悪霊左府』と呼ばれるようになったそうです。ちなみに、『藤原顕光』は、徳川四天王に数えられる『本多忠勝』、『徳川家康』の参謀『本多正信』の先祖だそうです。ちなみに、『本多忠勝』は、生涯57回の戦で、1度もかすり傷を負わなかったそうです。しかし、天下無双の『本多忠勝』は、小刀で彫り物をしていて、自分の名前を刻もうとした時、...

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愛犬物語-第4話-藤原氏と陰陽師と天皇(49)

平安時代、死は穢れとして、忌み嫌われていたので、天皇や一部貴族以外では、墓をつくらず、庶民も平安貴族も、破棄(風葬)が一般的でした。現在、京都の京都市東山区から西大谷に至る東山山麓は、八坂神社や清水寺、高台寺など人気観光スポットが集まる場所で、鎌倉時代には、京都を監視するための「六波羅探題」があり、重要な地域で、「六波羅探題」が出来る前は、平家の領地でした。しかし、昔は、その場所は、この世とあの世...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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