記事一覧

愛犬物語-第4話-藤原氏と陰陽師と天皇(38)

『藤原道長』は、有力な兄がいた時は、さほど目立たない存在で、権力を持つ事を、あきらめていたので、豪放で細かい事を気にしない性格でしたが、兄たちが死んで、権力を手にしてからは、調子づいて、万物は自分の為にあると考えるようになり、傲慢になりました。それは、ボクシングの元世界2階級王者で、亀田三兄弟の次男『亀田大毅(浪速乃弁慶)』さんと同じです。『亀田大毅』さんは、ボクシングに関しては、兄や弟と比べると...

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愛犬物語-第4話-藤原氏と陰陽師と天皇(37)

『一条天皇』が急な病に伏せった時、『安倍晴明』が祈ったところ、たちまち病は回復したため、正五位上に叙されたそうです。深刻な干魃が続いたた時、雨乞いの五龍祭を行ったところ、雨が降ったそうです。そして、益々『安倍晴明』の名声が、高まっていったそうです。しかし、凶星の蛍惑星(火星)が、通常の起動を逸脱するという天文の異変が起こったので、『一条天皇』に降りかかる災いを防ぐため、朝廷より、天台座主『尋禅(慈...

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藤原氏と陰陽師と天皇(36)-亀の恩返し(7)

「総持寺」では、毎年、『藤原山蔭』の命日4月18日に、御祭儀式として「山蔭流包丁式」が、鯉を使って、奉納されているので、誰でも見学する事が出来ます。18日は、亀の話の始まりの、観音様の縁日でもあります。「包丁師」が、雅楽の調べの中、烏帽子と直垂という装束で現われて、大きなまな板の前に座り、食材には、直接手を触れず、右手に包丁、左手に真魚箸という長い箸を持ち、生き物の死骸を食べ物に、変換させる清めの...

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藤原氏と陰陽師と天皇(35)-亀の恩返し(6)

『藤原山蔭』は、仏師の童子に、毎日休まず、仏舎の中から出てこないで、一生懸命、仏様を彫刻していると思うと、十分とは言えないかもしれませんが、せめて、料理の味や見た目を楽しんでもらおうと、勉強し、色々と試行錯誤し、工夫して、仏師の童子の口に合うよう、美味しい調理方法を考案し、毎回、違う種類の料理をしたので、料理に、とても詳しくなりました。当時、中国の唐の食習慣・調理法が、日本にもたらされていました。...

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藤原氏と陰陽師と天皇(34)-亀の恩返し(5)

造仏を始めて、千日目の早朝、『藤原山蔭』が、いつもの様に、食事を持っていこうと支度していると、仏舎から、「長谷の観音様はどちらに?」と声が聞こえました。すると、「行基菩薩よ、今帰るところよ。」と声が聞こえました。そのため、『藤原山蔭』が、急いで仏舎に駆けつけると、童子が空に飛び去っていくところが、見えました。そして、仏舎には、不思議な事に、腐らずに、調理したての千日間の食事が、お供えされた状態で、...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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