昔話(42)(犬-第4話)-藤原氏と陰陽師と天皇(38)

『藤原道長』は、有力な兄がいた時は、さほど目立たない存在で、権力を持つ事を、あきらめていたので、豪放で細かい事を気にしない性格でしたが、兄たちが死んで、権力を手にしてからは、調子づいて、万物は自分の為にあると考えるようになり、傲慢になりました。それは、ボクシングの元世界2階級王者で、亀田三兄弟の次男『亀田大毅(浪速乃弁慶)』さんと同じです。『亀田大毅』さんは、ボクシングに関しては、兄や弟と比べると...

昔話(41)(犬-第4話)-藤原氏と陰陽師と天皇(37)

『一条天皇』が急な病に伏せった時、『安倍晴明』が祈ったところ、たちまち病は回復したため、正五位上に叙されたそうです。深刻な干魃が続いたた時、雨乞いの五龍祭を行ったところ、雨が降ったそうです。そして、益々『安倍晴明』の名声が、高まっていったそうです。しかし、凶星の蛍惑星(火星)が、通常の起動を逸脱するという天文の異変が起こったので、『一条天皇』に降りかかる災いを防ぐため、朝廷より、天台座主『尋禅(慈...

昔話(40)-藤原氏と陰陽師と天皇(36)-亀の恩返し(7)

「総持寺」では、毎年、『藤原山蔭』の命日4月18日に、御祭儀式として「山蔭流包丁式」が、鯉を使って、奉納されているので、誰でも見学する事が出来ます。18日は、亀の話の始まりの、観音様の縁日でもあります。「包丁師」が、雅楽の調べの中、烏帽子と直垂という装束で現われて、大きなまな板の前に座り、食材には、直接手を触れず、右手に包丁、左手に真魚箸という長い箸を持ち、生き物の死骸を食べ物に、変換させる清めの...

昔話(39)-藤原氏と陰陽師と天皇(35)-亀の恩返し(6)

『藤原山蔭』は、仏師の童子に、毎日休まず、仏舎の中から出てこないで、一生懸命、仏様を彫刻していると思うと、十分とは言えないかもしれませんが、せめて、料理の味や見た目を楽しんでもらおうと、勉強し、色々と試行錯誤し、工夫して、仏師の童子の口に合うよう、美味しい調理方法を考案し、毎回、違う種類の料理をしたので、料理に、とても詳しくなりました。当時、中国の唐の食習慣・調理法が、日本にもたらされていました。...

昔話(38)-藤原氏と陰陽師と天皇(34)-亀の恩返し(5)

造仏を始めて、千日目の早朝、『藤原山蔭』が、いつもの様に、食事を持っていこうと支度していると、仏舎から、「長谷の観音様はどちらに?」と声が聞こえました。すると、「行基菩薩よ、今帰るところよ。」と声が聞こえました。そのため、『藤原山蔭』が、急いで仏舎に駆けつけると、童子が空に飛び去っていくところが、見えました。そして、仏舎には、不思議な事に、腐らずに、調理したての千日間の食事が、お供えされた状態で、...