記事一覧

藤原氏と陰陽師と天皇(33)-亀の恩返し(4)

なかなか良い仏師が見つからないので、仏様にアドバイスをもらおうと考え、『藤原山蔭』は、奈良の「長谷寺」に籠もり祈願を重ねました。すると、ある夜、夢枕に、「明日の朝、最初に出会う者が名工なので、自宅に招待しなさい。」とのお告げがありました。翌朝、寺の門前で、15才位のみすぼらしい身なりをした童子の仏師に出会ったそうです。『藤原山蔭』は、幼く、あまりにも汚い恰好をしていたので、声を掛けるのを、ためらい...

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藤原氏と陰陽師と天皇(32)-亀の恩返し(3)

その後、『藤原高房』の子『藤原山蔭』が、太宰府に赴任たそうです。ある日、浜辺を散歩している時、父の銘のついた香木を発見したそうです。その偶然に、運命を感じ、父の遺志継続を決心したそうです。『藤原山蔭』は、任期を終えたので、香木を携えて、都への帰宅の途につきました。その途中、現在の大阪府茨木市の辺り来た時、香木に根が生えたように、重くなりました。どうしたものかと、途方にくれましたが、もしかすると、仏...

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藤原氏と陰陽師と天皇(31)-亀の恩返し(2)

以前『藤原高房』が、助けた大きな亀が、『藤原山蔭』を、甲羅に乗せて現れたそうです。そして、「『藤原高房』の後妻が、自分の子供を跡継ぎにしたいので、邪魔な先妻の子『藤原山蔭』を、船から淀川に突き落した。」という衝撃の事実を知ったそうです。『藤原高房』は、何はともあれ、『藤原山蔭』が無事に戻って来た事に感謝し、観世音菩薩像と寺を造ることにしたそうです。そして、観音菩薩像を彫るのに適した香木を、中国の唐...

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藤原氏と陰陽師と天皇(30)-亀の恩返し(1)

『花山法皇』の三十三所巡礼のコースは、現在、「西国三十三所」と言われています。ちなみに、「西国三十三所」、「三十三間堂」、「江戸三十三箇所」、「坂東三十三箇所」、「坂東三十三観音」などの観音様に関連して、33という数字が出てきます。何故、33という数字が使われているかと言うと、、観音様が世を救済する時、『菊池としを』先生の漫画「明王伝レイ」のように、状況に応じて、「 阿弥陀如来」、「梵天」、「帝釈...

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藤原氏と陰陽師と天皇(29)

その後、『花山法皇』は、紀伊国熊野を基点として、三十三所の観音霊場を巡礼され、大きな法力を身につけられたそうです。『花山法皇』が、比叡山に行った時、法師たちが法力比べをしていました。ある法師が、『花山法皇』に向かって、自分の法力が一番だと自慢していると、『花山法皇』が、「では、その法力を試してみよう。」と念を唱えると、その法師は、屏風の面に吸い付けられて、身動きできなくなったそうです。『花山法皇』...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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