FC2ブログ

記事一覧

『丁未の乱』-『捕鳥部万』と白い犬

映画にもなった漫画家 村上たかし氏の『星守る犬』を読んで、『日本書紀』に書かれている犬の話を、思い出したので、その話をします。今から1400年位前、仏教派と神道派との権力闘争のため、蘇我氏と物部氏が戦った『丁未の乱』時に、それは起こりました。激しい戦いでしたが、仏教推進派の蘇我氏が勝ちました。 物部氏に仕えていた『捕鳥部万(鳥取部万)(捕鳥部萬)』は、 普段は、朝廷に献上するため、愛犬の白い犬と一緒...

続きを読む

戦死した飼い主と犬

アフガニスタンのタリバン政権との戦争の時、乗っていたヘリコプターが攻撃され、米海軍特殊部隊シールズの下士官『Jon Tumilson』が戦死しました。葬儀はアイオワ州で行われたそうです。その葬式の時、棺の前で横たわり、その場を離れようとしなかったのは、戦地での軍用犬であり親友だったラブラドールのHawkeyeでした。床にいるのが、Hawkeye。軍友のNikki Virgilioは、「Hawkeyeは軍用犬でしたが、それ以上にJon Tumilsonの親...

続きを読む

播州犬寺物語(1)

その昔、「蘇我入鹿」の召集に応じて兵庫県神崎に住む『枚夫(牧夫)(枚夫長者)』が、 都に出征しました。しかし、『枚夫』が不在の間に、妻と留守居が不倫関係となったそうです。 『枚夫』は、役目が終わったので、家に戻って来たそうです。無事に戻って来たうえ、手柄をたてたので、その夜は、宴会になりました。その時、留守居が明日、気分転換に山歩きをしようと誘ってきました。そして、翌日 『枚夫』は、白い雄犬と黒い雌...

続きを読む

播州犬寺物語(2)

『枚夫』は2頭の愛犬に「戦場で死ぬのは仕方がない。でも、あのような者に、ここで殺されるのは、末代までの恥。そのような事は、耐えられない。だから、自分が死んだら、誰にも見つからないように、 自分の死体を全部食べてくれ。」と頼んだそうです。すると、2頭は留守居の方に走り出し、1頭は、留守居の持っていた弓の弦を噛み切り、もう1頭は留守居の喉に噛みつき殺したそうです。その後、『枚夫』は妻を追い出したそうで...

続きを読む

日露戦争(19)-イギリスの戦艦の愛猫『トーゴ』

日露戦争の結果は、日本の勝利となりましたが、弱小国の日本により、世界最強と言われたロシアのバルチック艦隊が、壊滅するという予想もしなかった海戦の結果は、欧米諸国を驚愕させました。ちなみに、イギリスは日本海軍の勝因を詳細に研究した結果、軍艦の根本的な作り直しが必要になったそうです。そして、大砲を鋼鉄で囲んで動かして撃つ「砲塔」という概念が出きたそうです。その「砲塔」のため戦艦が巨大化し、弩級(ド級)...

続きを読む

『スタビー軍曹』の活躍(1)

祖父母のいる福岡に行った時、『田河水泡』先生の漫画『のらくろ』全10巻があったので、よく読んでいました。『のらくろ』は、野良犬の『野良犬黒吉(のら山黒吉)』が、猛犬連隊に入隊して、活躍して、二等兵から大尉まで昇進し、その後、喫茶店の店主になるという話です。『のらくろ』は、漫画ですが、実際に、野良犬が、入隊して、戦争で活躍し、軍曹まで昇進したという話があります。その、野良犬の名前は、『スタビー軍曹(S...

続きを読む

『スタビー軍曹』の活躍(2)

『Robert Conroy』兵卒は、愛犬『Stubby』を、コートに隠して、軍艦ミネソタに乗船しました。そして、燃料タンクの陰で飼育していました。しかし、司令官が、『Stubby』を見つけ、激怒しましたが、部隊の人達たちの嘆願や、『Stubby』が、得意技の敬礼するのを見て、司令官は、ニコッとし、部隊に所属する事を認められました。そして、1918年2月、フランス北部の戦地に駐留した直後、突然、敵からの毒ガス砲攻撃を受け、『Stu...

続きを読む

ベトナムと猫(1)

アメリカ政府は、犬の『Stubby』軍曹のように、猫も役に立つのでは?と考え、ベトナム戦争の時、兵士の夜間誘導に、猫を起用する計画を、考えたそうです。そして、軍と動物の訓練士が協力して、猫にハーネスを付け、夜間、兵士たちと共に、ベトナムのジャングルの中で、1ヶ月演習を続けたそうです。そして、報告書が作成されました。前進せよと命令された時は、猫たちの誘導により、あらゆる方向に散らばる事が、分かりました。猫...

続きを読む

日本を守るために命をかけて戦った人々(8)-遺書(2)「ほがらか隊」と子犬の『チロ』

特攻隊員の史実発信及び慰霊、顕彰を目的とした会の特攻隊戦没者慰霊顕彰会HPの表紙にも使われている1945年5月26日に撮影された「ほがらか隊」と呼ばれた少年たちの記念写真。一見すると、子犬と一緒に写り、なごやかな雰囲気に見えますが、実は違います。後列左から、『高橋要』伍長(18歳)、『高橋峯好』伍長(17歳)前列左から、『早川勉』伍長(18歳)、子犬と『荒木幸雄』伍長(17歳)、『千田孝正』伍長(...

続きを読む

クマの『ヴォイテク』伍長(1)

1942ー1963年まで生きた、『ヴォイテク(Wojtek、ˈvɔjtɛk)』伍長は、第二次世界大戦中に、ポーランド軍に所属したオスのシリアヒグマです。1942年、イランのハマダーン付近で、現地の羊飼いの少年が、猟師に、親を撃たれて孤児となった生後約3か月のクマの赤ん坊を発見しました。少年は、クマの赤ん坊を、育てる余裕がなかったので、肉の缶詰3個程と引き換えに、ポーランド人難民に譲渡しました。ちなみに、ポーラ...

続きを読む

クマの『ヴォイテク』伍長(2)

『ヴォイテク』は、兵士たちとじゃれあったり、ボクシングやレスリング遊びをしたり、音楽に合わせて踊ったり、ドライブを楽しんだしりて、充実した日々を送り、順調に成長していったそうです。『ヴォイテク』は、ひとりぼっちにされると、「かまって」と鳴いたり、触ってもらいたい時は、頭や体やお尻を、押し付けてきたそうです。そして、いたずらをして、しかられると、前足で、顔を隠すなどの仕草をしたそうです。そして、教え...

続きを読む

クマの『ヴォイテク』伍長(3)

『ヴォイテク』伍長は、水遊びが好きで、シャワーを使うことも覚えたそうです。そして、ある夏の暑い日、シャワー小屋のドアが少し開いてるのを見つけた『ヴォイテク』が、シャワーを浴びようとシャワー小屋に入ろうとすると、そこに、見知らぬアラブ人がいました。アラブ人は、シリアヒグマ『ヴォイテク』伍長を見て、襲われると思い、絶叫しました。そのため、兵士たちが、集まって来ました。アラブ人は、逃げようとしましたが、...

続きを読む

クマの『ヴォイテク』伍長(4)

『ヴォイテク』は伍長は、1944年のイタリアで行われたモンテ・カッシーノの戦いに、参戦することになりました。『ヴォイテク』伍長は、初めて本格的な戦闘を目の当たりにしたのですが、最初、最前線の激しい砲火の音や地響きに驚いて、落ち着かなかったのですが、しばらすると、大きな音や振動にも慣れて、木に登って遠くの爆発を眺めたりしたそうです。そして、『ヴォイテク』伍長は、兵士たちが、輸送車に、弾薬や燃料、食糧...

続きを読む

クマの『ヴォイテク』伍長(5)

『ヴォイテク』伍長は、付近の住民や報道の間で人気者になり、村の舞踏会や子供達のパーティに参加したり、子供を背中に乗せたり、村人が橋の上から見守る中、川で泳ぎを披露したので、スコットランド・ポーランド文化協会の名誉会員に選ばれたそうです。 そして、1947年、戦後処理が終わり、『ヴォイテク』伍長は、ポーランド軍から、除隊する事になりました。ポーランド軍兵士たちは、祖国ポーランドに『ヴォイテク』伍長と...

続きを読む

ランキング

詳しくは分かりませんが、下のマークを、

ランキング

クリックすると、点が入るらしい

ジャンルランキング

カテゴリ

鳥 (2)
魚 (5)

プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

検索フォーム

月別アーカイブ