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日本を守るために命をかけて戦った人々(9)-特攻を拒否した芙蓉部隊隊長『美濃部正』少佐(1)

『美濃部正』少佐が、夜襲戦法を思いついたのは、マラリア治療をしていた時でした。『美濃部正』少佐は、1942年7月より、小松島空分隊長を拝命し、教官として、海軍水上機搭乗員の練習生に、水上機の実戦運用の訓練をしていました。1943年10月より、ソロモン諸島方面に展開する第983海軍航空隊の飛行隊長に、着任しましたが、1944年1月、マラリアに感染し、野戦病院に入院しました。そこで、『美濃部正』が、教...

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日本を守るために命をかけて戦った人々(9)-特攻を拒否した芙蓉部隊隊長『美濃部正』少佐(2)

軍令部作戦課は、第1航空艦隊司令長官『大西瀧治郎』に、『美濃部正』の夜襲隊を、手伝うように言われたので、人員や機材などに関して、便宜を図りました。『美濃部正』は、使い慣れた「月光」を希望しましたが、すでに生産が中止されて、十分な数が揃わないことが判明しました。次に、新鋭陸上攻撃機「銀河」を希望しましたが、20機ぐらいしかありませんでした。その後、『美濃部正』は、「彗星」が、大量に倉庫にあり、誰も使...

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日本を守るために命をかけて戦った人々(9)-特攻を拒否した芙蓉部隊隊長『美濃部正』少佐(3)

1945年2月、幕僚と部隊長、飛行長ら、約80人が出席した連合艦隊主催の「沖縄方面に敵進攻時の迎撃作戦、連合艦隊方針及び各部隊戦闘部署について」の作戦会議が、開かれました。その時、熟練搭乗員不足、燃料不足、物資不足、飛行機不足に対する対策などが、話し合われ、最終的には、練習機「九十三敷中間練習機」で、特攻する事が決まりました。すると、会議の中では最若輩で末席にいた夜間攻撃専門の芙蓉部隊隊長『美濃部...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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