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記事一覧

不死身の分隊長-『舩坂弘』(1)

以前、ラスプーチンとタフな犬の話(4)で、タフな犬「ドーシャ(dosha)」の話をしましたが、今回は、日本人のタフな人の話をします。黄色人種が嫌いだった『フランクリン・ルーズベルト』は、特攻隊や切腹に関して、「日本人の脳には欠陥があり、死ぬことに苦痛を覚えない特殊な人種である。」と言いました。『フランクリン・ルーズベルト』は、日本人を馬鹿にしているつもりですが、脳には欠陥はないのですが、死を恐れない...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(2)

そして、1944年9月、米軍船団が洋上に来て、島に向かって艦砲射撃が行われました。空からはB-24や艦載機が、さかんに爆弾を投下し、銃撃を浴びせてきました。7日には、洋上に敵潜水艦まで出没し、いよいよ事態の切迫を告げました。8日には艦載機による空爆が、いよいよ激しくなりました。12日以降は、艦砲射撃の量は、1日に千数百発という数に達しました。そのため、苦心して造った水際陣地は、ひとたまりもなく破壊...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(3)

朝になって、襲撃を受けた米軍は、報復のため、艦隊に無線連絡しました。無線連絡を受けた艦隊は、『舩坂弘』さんのいる部隊に対して、一斉にスコールのように、ナパーム弾、砲弾を撃ち込んで来ました。岩石を砕き、黒い煙と土埃を吹き上げて破片が飛び交うので、『舩坂弘』さんたちは、動けなくなったそうです。砲弾が止んで周囲を見渡した『舩坂弘』さんは、地面が変形しているのは当たり前ですが、そこには、少し前まで、冗談を...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(4)

『舩坂弘』さんは、「負けてたまるか!俺の根性をみせてやる!味方の陣地に行く!」と、近くにあった日章旗で、足を包帯代わりに縛り、足が使えないので、手で這って北西にある洞窟の陣地に行きました。着いた時には、死体が這ってきたと評判でしたが、翌日には、左足を引き摺りながらでも歩けるまで、回復したそうです。『舩坂弘』さんは、その後も何度となく瀕死の重傷を負いましたが、不思議と翌日には、回復の兆しがあったそう...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(5)

島には、米軍の歩兵6個大隊、戦車1個大隊、砲兵6個中隊、高射機関砲大隊など、総勢1万人が駐屯していました。その中を『舩坂弘』さんは、夜の暗闇に紛れて、食事もとらず、数日かけて這って行き、米軍の前哨陣地を突破し、米軍の司令部(本部)と思われるテントの近くまで、到達しました。『舩坂弘』さんは、指揮官らが集合する時に突入しようと考え、物陰で待っていると、ジープが続々と乗り付けて来て、指揮官たちが集まり、...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(6)

『舩坂弘』さんは、死体置き場に3日間放置されていましたが、突然、息を吹き返しました。医療器具を見て、情をかけられたと勘違いし、医療器具を叩き壊ました。物音を聞いたアメリカ兵は、駆けつけました。すると、『舩坂弘』さんが、死体の中から、出て来たのでアメリカ兵は、あまりの恐怖に、叫び声をあげ、パニックになったそうです。そして、正気を取り戻したアメリカ兵は、蘇った『舩坂弘』さんに、銃口を向けました。すると...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(7)

『舩坂弘』さんは、要注意人物として監視されていましたが、瀕死の重傷者と思われていたので、監視が甘かったそうです。そのため、暗闇に紛れて、収容施設を抜け出せたそうです。そして、『舩坂弘』さんは、見つからないように約1kmをほふく前進し、途中にあった日本兵の遺体の弾丸入れから、銃弾を7発位、集めて火薬を抜きました。そしてその火薬を導火線にして、弾薬庫に火をつけたそうです。そして、弾薬庫が、爆発を起こす...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(8)

ある日の夜中、『舩坂弘』さんは、歩哨を殺して銃を奪おうと思い、歩哨の背後に忍び寄ったところ、突然、背後から別の兵がタックルして来ました。『舩坂弘』さんは、必死に抵抗したのですが、相手は、頑強な大男だったので、ロープでぐるぐる巻きにされ、柱に縛られました。大男は、「crazy(気狂いめ)!」と英語で罵ってから、『舩坂弘』さんに、銃を向けました。『舩坂弘』さんは、「やるべき事はやったので、ここで銃殺される...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(9)

ほふく前進で、飛行場まであと少しという所まで進みました。あと少しで、実行出来ると思って頭を上げた時、そこに例の大男が立っていました。そして、拳銃を突きつけられ、テントに戻されました。『舩坂弘』さんは、覚悟を決めて、「何度でも同じことをやるので、殺せ!」と言いました。すると、大男は、たどたどしい日本語で、「貴方が、歩哨に私の日程を尋ねたと、私に、連絡が来ました。貴方が何かを計画するとしたら、今夜だと...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(10)

『舩坂弘』さんは、戦争での強烈な体験とアメリカの先進性を学んだ事から、日本社会に貢献したいと考え、日本の産業、文化、教育を豊かにする事が大切と考え、東京、渋谷駅ハチ公前の親戚の地所に、一坪の土地を借り、書店を開いたそうです。そして、書店は、大阪の北区にある旭屋書店本店と同じ様に日本で初めて、ビル全体を使用した本のデパート「大盛堂書店 本店」に発展しました。『舩坂弘』さんが、自身の戦争体験を記した『...

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不死身の分隊長-『舩坂弘』(11)

『舩坂弘』さんは、戦記を書いた印税などの私財を投じて、戦いが行われた島々に、次々と慰霊碑を建立し、アンガウル島のあるパラオ諸島原住民に対する援助、パラオと日本間の交流を行い、書店経営が忙しかったのですが、慰霊団の引率、アンガウル島での遺骨収骨と慰霊の旅を、毎年欠かさず行ったそうです。『舩坂弘』さんが築いたアンガウルの慰霊碑慰文は、「尊い平和の礎のため、勇敢に戦った守備隊将兵の冥福を祈り、永久に其の...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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