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記事一覧

糞尿の話(1)

『遠山の金さん』の時代劇を見ていると、長い長い長袴をはいていますが、排尿する度に脱ぐのは、大変だと思うでしょうが、実は、竹や銅で作られた長さ1m位の筒状の「尿筒」、「装束筒」を、長袴の裾に差し込み、そこに放尿したそうです。ちなみに、江戸時代には、朝夕に公務を果たす人という事が由来の「公人朝夕人」という役職の人が、将軍など高貴な人が、公的行事の時に着る第一礼装の「束帯」を着ている時に、排尿する際、「...

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糞尿の話(2)

最近、映画「超高速!参勤交代」を見ましたが、江戸時代の参勤交代は、藩主を1年おきに、江戸と国元を往復させ、幕府への忠誠を示させる制度です。藩としても、権威と忠誠心の大きさを示すため、また体面を地味にはしたくない思惑も重なり、豪勢な大名行列を作り上げて、江戸へと馳せ参じていました。しかし、参勤交代1回の諸経費全て合計すると、なんと…、約7億円と莫大な費用がかかるので、財政的に厳しい藩にとっては大きな負...

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糞尿の話(3)-世界最古のトイレ-便所(1)

トイレの歴史は古く、世界最古のトイレ(便所)は、紀元前2200年頃の古代メソポタミアの都市エシュヌンナ(現在のイラク)のテル・アスマル遺跡から見つかったものだそうです。テル・アスマル遺跡のトイレは、煉瓦を「コ」の字状の椅子形に積み上げた便器が設けられた腰掛け式の水洗式トイレで、6ヶ所のトイレ、5ヶ所の浴室が見つかっているそうです。世界最古のトイレは、椅子の穴から下の溝に排泄し、溝を通って、汚物を集...

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糞尿の話(4)

フランスやイギリス、イタリアやドイツなどの中世ヨーロッパでは、古代ローマのトイレ文化は、継承されることなく、衛生観念が失われ、下水道が普及していなかったので、ほとんどの人が、「オマル」で用を足していたそうです。中世のパリでは、1395年に、法で禁止されるまで、「Gardez l'eau!(グワデー・ルー)(水に、ご注意!)」と三回叫びさえすれば、窓から糞尿などを捨てても良かったそうです。ちなみに、汚いものを外...

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糞尿の話(5)

12世紀のパリでは、生ゴミなど汚物対策として、およそ半分の世帯がブタを飼い、放し飼いにしていました。何故なら、ブタは、街中にある汚物を、水槽におけるコリドラスやヌマエビの様に、片端から平らげて掃除?してくれるので、その結果、コストがかからず、ブタは丸々と太り、その後、食卓にのぼるという、一石二鳥の利用価値があったからです。ところが、事件が起きました。1131年、馬に乗った『フィリップ皇太子』と従者...

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糞尿の話(6)

中世のフランスの水道は、週3回、7時間だけ水が使えるだけで、毎日、24時間、水が使えるわけではなかったそうです。そのため、当時、月1回洗濯できれば良い方で、衣類の生乾きや部屋干しの臭いどころか、服にカビが生えて、服がカビ臭で臭いのは、当たり前だったそうです。また、街や服が臭うだけではなく、ほとんどの人が、お風呂やシャワーを、利用しなかったため、体臭などの臭いもひどかったそうです。何故なら、フランス...

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糞尿の話(7)-香水

中世ヨーロッパでは、糞尿だけではなく、色々な汚物の悪臭が、街全体に漂っていました。そのため、臭いをごまかすため、ハーブや香料そして、香水が発達していったそうです。ちなみに、名前がわかっている最古の調香師は、『Tapputi Belatekallim(タップティ)』という古代メソポタミアの女性だそうです。 楔形文字の粘土板に、花のオイルや樹脂を使った香水の製造方法が、記録されているそうです。ちなみに、ギリシアのキプロス...

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糞尿の話(8)-便所(2)

日本のトイレ(便所)は、縄文時代より、川に板を張り出し、その上で排泄し、陶器のかけらで、お尻を拭いて、川に流すというものでした。飛鳥時代、川を屋内に引き込み、排泄し、木片でお尻を拭いたそうです。ちなみに、1119年、『源師時』の日記「長秋記」に、紙でお尻を拭いたとの記録がありますが、当時は紙は高価だったので、一部のお金持ちしか使えませんでした。ほとんどの人は排泄後、当時、紙(トイレットペーパー)が...

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糞尿の話(9)-便所(3)

平安時代の後期には、「くみ取り式便所」が登場しました。鎌倉時代、糞尿が、堆肥として利用が始まり、くみ取り式のトイレが普及して、糞尿の臭いが町から少なくなりました。 中国、台湾、朝鮮、モンゴル、日本などの東アジアで、人糞を肥料として用いたことが確認される最初の例は、鎌倉時代の日本だそうです。江戸時代になると、人糞を肥料として、効率的に利用していたので、街は臭くありませんでした。人糞を肥料として用いるの...

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糞尿の話(10)-便所(4)

1955年頃に、現在の水洗トイレが登場し、徐々に一般家庭へと普及するようになったそうです。ちなみに、イギリスで、初めての水洗トイレは、1596年、宮廷詩人『Sir John Harrington』が、自分の荘園に設置したものと言われています。このトイレは、魚の泳いでいる水槽から水を、便座の上にある貯水容器に水を貯めた後、便座のハンドルを引っ張ってバルブを開くと、糞尿が汚水溜めに流れ落ちるという仕組みでした。『Sir Joh...

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糞尿の話(14)-糞便利用(1)

罪のために餓鬼道に落ち、「食糞餓鬼」になり、人の便を食べるようになるかもしれませんが、糞便を利用することがあり、糞便も、捨てたものではありません。ちなみに、古代エジプトでは、避妊するために、ワニの糞と蜂蜜と天然炭酸ソーダを混ぜたものを、膣に入れ、精子の進入を防いだそうです。日本では、シカなど野生の草食獣が、ライオンの糞の臭いを嫌うため、農作物などの被害を減らすために、忌避剤としての研究が行われてい...

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糞尿の話(15)-糞便利用(2)

漢方薬では、人や動物の糞便が、「人中黄」など、薬の原料として、使用される事があります。中国の本草書「新修本草」や「本草綱目」、日本の「本草和名」、「和名抄」、「多識編」には、便を、蛇に咬まれた時や痘瘡(天然痘)、鼻血、子宮脱などに用いると書かれています。漢方の「人中黄」は、解熱や解毒作用があるとされ、その製造方法は、人の便と甘草の粉末を混ぜた物を竹の筒に詰めて、地中に埋め、夏に取り出して天日乾燥さ...

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糞尿の話(16)-糞便利用(3)

「偽膜性大腸炎」は、増殖した悪玉菌により発症し、最悪の場合は死亡し、日本では、増加傾向にあり、毎年約10万人以上の人が罹患しています。2013年、オランダ・アムステル大学で、画期的な治療法が開発されました。その方法は、「糞便移植」と言って、健康な人の便を、チューブで、患者の鼻から十二指腸に入れるそうです。今まで行われていた抗生物質による治癒率は、約30%でしたが、人の便を使った方法の治療率は、何と...

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糞尿の話(17)-糞便利用(4)

昆虫のフンコロガシは、草食動物の糞が好物です。子育て中の犬、猫の親は、他の敵に糞尿の臭いが知れてしまうと、襲われるから、会陰部をなめて、排尿、排便させ、食べてしまします。ウサギは、結腸にある結腸分離機構で、2種類の便をつくります。お昼頃は、分離機構が働いていて、腸の壁のひだが、盲腸の方に向かって動き、食物中の微細片や発酵菌、水分は、盲腸に行くので、盲腸に行かなかった便は、微細片や水分の少ない「硬糞...

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トイレの神様(1)

日本には、古くから、「八百万神(やおよろずのかみ)」という言葉があり、あらゆるものに、霊魂が宿っていると信じられてきました。ちなみに、古事記によると、イザナギとイザナミが、国産みを終えた後、長男『大事忍男神』を生んだ後、壁土の神『石土毘古神』、石砂の神『石巣比売神』、門の神『大戸日別神』、屋根の神『天之吹男神』、暴風から家を守る神『風木津別之忍男神』の 家を守る神を家宅六神と言われる6人の子供を産...

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トイレの神様(2)

トイレの神様は、沖縄(ウチナー)だけではなく、有名ではありませんが、沖縄以外の都道府県(ナイチャー)にもいます。日本の国土と数多くの神様を産んだ『イザナミ』が死んだ時、排泄された大便から生まれたのが、土の神『波邇夜須比古』と土の神『波邇夜須比売』の2人の神様で、排泄された尿から生まれたのが、水の神『和久産巣日』と穀物の神『弥都波能売』の2人の神様です。アイヌ神話では、『ルコロカムイ』、『ミンダルカ...

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トイレの神様(3)

中国で、トイレの神様と言えば、『紫姑神』です。7世紀後半、古代の神『帝嚳』の娘『何媚(何麗卿)』が、山西省寿陽県の地方長官『李景(子胥)』の愛人になったそうです。しかし、嫉妬した本妻が、1月15日、『李景(子胥)』の留守中に、トイレに入って、油断していた『何媚』を、殺したそうです。その後、トイレから、声がしたり、物音がするようになったそうです。そのため、人々は、「天帝が、『何媚』を哀れんで、神とし...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

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