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記事一覧

日本の革命事件(1)-三無事件

1961年12月12日、日本クーデター未遂事件の「三無事件」が、起きました。ちなみに、「三無」は、一般的には、「さんむ」と呼ばれていますが、犯人たちは、無税、無失業、無戦争の三つの無を目指した革命なので、『老子』の「無は、有に転じる。」という格言から、「さんゆう」と言ったそうです。第二次世界大戦時には、船を大量建造し、最盛時には、約1万5千人従業員がいて、南極観測船「宗谷」などの船を建造していた、...

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日本の革命事件(2)-三島事件(1)

著名な作家『三島由紀夫』は、以前、特攻隊の遺書を読んだ時、感動して、号泣したので、「楯の会」の会員と共に、陸上自衛隊富士学校滝ヶ原駐屯地自衛隊に体験入隊し、1ヵ月間、a.m.7時ーp.m5時頃まで、35kmの行軍を、経験したそうです。そして、自衛隊の体験入隊の経験談を、記事にしたのですが、その記事が、防衛庁や自衛隊では、ものすごく好評だったそうです。『三島由紀夫』は、外国からの侵略に備えるための勉強会、...

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日本の革命事件(2)-三島事件(2)

『三島由紀夫』は、手ぬぐいで、刀身を拭いてから、刀身を『益田兼利』総監に渡しました。『益田兼利』総監は、「良い刀ですね。素晴らしい、本物は違う。」と言いながら、『三島由紀夫』に、刀身を返して、元の席に戻りました。『三島由紀夫』は、刀身受け取ると、手ぬぐいを『小賀正義』に、渡してから、目線で指示し、刀身を鞘に納めました。それを合図に、『小賀正義』は、すばや『益田兼利』総監の後ろにまわり、持っていた手...

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日本の革命事件(2)-三島事件(3)

正午を告げるサイレンが、鳴り響くと、総監室のバルコニーに、『三島由紀夫』が、「楯の会」の『森田必勝』を従え、出てきました。『三島由紀夫』と「楯の会」の会員の額には、「七生報國(七たび生まれ変わっても、朝敵を滅ぼし、国に報いる)」と、書かれた日の丸の鉢巻がありました。集まった自衛官たちは、「『三島由紀夫』だ!」、「何やってんだ?」、「ばかやろう!」、「出て行け!」など怒号が鳴り響きました。『三島由紀...

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日本の革命事件(2)-三島事件(4)

『三島由紀夫』は、バルコニーから総監室に戻り、「あの騒音では、聞こえなかったな…」とつぶやいたそうです。そして、『三島由紀夫』は、『益田兼利』総監に、「総監には、恨みはありません。自衛隊を天皇にお返しするためです。こうするより、仕方なかったのです。」と話しました。そして、『三島由紀夫』は、「これで介錯を頼む。」と言って、持っていた名刀「関の孫六」を、「楯の会」の『森田必勝』に渡し、代わりに、短刀を...

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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。

海外14カ国を、旅しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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